葛城

雲龍型航空母艦の3番艦。

2. 錦織圭にかかわった人たち。道のり。

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錦織圭選手のテニス人生をここまで大きく貢献してくれた人々は
コーチをはじめ数多くいますが、まずその中で忘れてはいけないのは
両親の存在です。その御両親はテニスに縁があって結婚されました。
姉も含めて、とにかく家族4人でテニスをすることが習慣となっていました。
よって家庭環境にも恵まれていたといえます。
その中で6歳の時に通い始めたグリーンテニススクールで
柏井正樹コーチとの出会いは本当に大きな分岐点の一つです。
11歳で全国大会で優勝したのがきっかけで松岡修造コーチに実力を認めてもらい、
全国のジュニアのトップクラスの選手を少人数集めて行う
強化合宿である修造チャレンジに参加する特権が与えられました。
松岡修造コーチの指導は本当に厳しく、錦織選手も何回も怒られて泣いたというエピソードもあります。
しかしその厳しい指導の成果があってメンタル面の強化につながりました。
その合宿で5歳年上の高校生と対戦して勝つぐらいの実力の持ち主でした。
柏井正樹コーチや松岡修造コーチも錦織選手について、飛びぬけた才能の持ち主、という評価を下しています。
時を経て13歳の時、ソニー副会長で有名な盛田正明氏に認められ、奨学金を受けてアメリカへテニス留学します。
盛田正明テニスファンドともいわれ、世界のトップクラスの選手を養成することが目的であり、
1年ごとに厳しい目標が設定された中、その目標が達成できなければ奨学金は打ち切りとなり、帰国となる厳しい世界です。
しかし錦織選手はこの厳しい中で5年間晩張り続けて、17歳9か月で念願のプロになりました。
今現在、錦織選手が世界で活躍できているのは、このファンドを通してアメリカでテニスを学んだことが
大きいと思います。

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